二神大輝(EIMEI予備校塾長)のブログ

【早く大人になりたい!】子どもたちがそう思える社会をつくることが夢。旅行、料理、写真など趣味についても書いていきます。

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利他は中道である

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300日後にパパになる夫の日記

夏に産まれてくる子どものために日々葛藤する二神の日記を連続記事としてnoteのマガジンにまとめています。ぜひご覧ください!

二神大輝の公式note

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能動と受動の間に

 

中道というものがある

 

自分の意思や他者の意図とは無関係なところで

 

自然発生的にそうなるものを指す

 

例えば

 

生まれるとか、惚れるとか

 

 

 

 

 

 

 

他人のために、という利他の精神は

 

能動でも受動でもなく

 

本来中道的なものなのではないかという話を聞いた

 

結構腑に落ちたので

 

少し考えてを書いてみようと思う

 

 

 

 

 

 

そもそも

 

能動的な利他とは何か

 

わかりやすい例を挙げるなら

 

仕事だ

 

我々は金銭的なリターンがないと

 

継続的な生活ができないわけで

 

みな生きていくため

 

能動的利他によって

 

社会を回してる

 

リターンを求めるというとなんだか打算的に見えるけど

 

そうしないと社会は回らないからね

 

 

 

 

 

 

逆に

 

受動的な利他なら

 

例えば

 

電車に乗っていて

 

目の前にお年寄りが来た時

 

とっさに席を譲る

 

これは能動的な人もいるけど

 

社会通念的にそれが良しとされているからそうする

 

って人も少なくない

 

行動は100%善であるが

 

今回はその動機に着目した時

 

受動的な利他と考えられるのではないか

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

その二元論を破壊する中道

 

自然発生的な利他

 

例えばなんだけど

 

横断歩道を渡っていて目の前で人が倒れたとする

 

知り合いでなくても

 

さすがに無視はしないだろう

 

声をかけたり、救急車を呼んだり

 

何かできることを考えてやる

 

 

 

これは

 

そういう状況、環境によって

 

利他が引き出されたもので

 

本人の意思でもなく

 

外部からの圧力でもなく

 

環境によって促された利他なのだ

 

これを本来の利他

 

中道としての利他と位置付けるという

 

 

 

 

 

 

 

さて

 

利他の精神は

 

それぞれの器がどれだけ満たされているかに依存している

 

自分が満たされていないのに

 

他人を満たすことなんてそうできない

 

だからこそ

 

まずは自分をたっぷり満たしてあげるべき

 

そうして

そのあとに

 

自分を満たしてくれた他者や環境への感謝として

 

自然と利他の心が周りに向く

 

理想的だけど

 

これが健全な社会のサイクルだ

 

 

 

 

 

 

ちなみに

 

おれはこの一年くらいで

 

ようやっと100%利他の心で動くようになった感触がある

 

言語化できない感覚だけど

 

これがそうか、と確かにわかる

 

邪念が一切ない

 

自分をここまで育ててくれた

 

様々な人、環境に感謝をして

 

利他の心で生きていく

 

というか

 

身を任せていく