テソル先生🌐二神大輝 のブログ

【早く大人になりたーい!】子どもたちがそう思える社会をつくることを夢に掲げ、日々生徒たちとガチンコ勝負してます!旅行、筋トレ、動画編集、写真、外国の方とお話するのが趣味です。

「合理」だけを追求するのは逆説的に「不合理」なのかもしれないけれど、本質的なヒトの不合理を認めることで懐が深くなる。

オバケはいない。

 

透明人間はいない。

 

狼男やフランケンシュタイン、吸血鬼はいない。

 

 

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科学的に考えれば、わかることでも

 

感情によって合理的に考えられないのが人間のいいところだ。

 

 

 

 

 

オバケはいない。

と、わかっていても、夜道を歩いている時に背筋に寒気を感じたり、目をつぶってシャンプーをしてる時に後ろに気配をかんじたりするよね。

 

透明人間はいない。

と、わかっていても、透明人間になれたら何をするか色々妄想する。

 

狼男やフランケンシュタイン、吸血鬼はいない。

と、わかっていても、いるかのようにハロウィンでは仮装をして楽しむね。

 

 

 

 

 

わかっている、という「合理的」な脳みそと

 

とはいえ、、、という「不合理」な脳みそ

 

両方あるから面白い。

 

 

 

 

 

 

世の中には不合理がたくさんある。

 

もし、すべての不合理がなくなるとしたら、

 

まさに人類がいなくなる時だと思う。

 

 

 

 

 

 

僕らが不合理でもやってしまうのは、やっぱり好きなこと

 

好きだから、遠回りでも、短期的な快楽でも、一見意味がなさそうでも、ついついやってしまう。

 

面白いなあ、人間

 

 

 

 

 

 

 

かく言う僕の不合理は、

絵を書いたり、なんてことない動画をみたり、ぼーっとしたり、音楽を聴いたりすること。

 

それが価値を生んでいるかはわからない

 

やらなくても生きていける

 

けど、自分の人生を彩る一角であるのは間違いない

 

 

 

 

 

 

自分の不合理、他人の不合理、人の不合理

 

一つずつ認められるようになると懐が深くなるね