テソル先生🌐二神大輝 のブログ

【早く大人になりたーい!】子どもたちがそう思える社会をつくることを夢に掲げ、日々生徒たちとガチンコ勝負してます!旅行、筋トレ、動画編集、写真、外国の方とお話するのが趣味です。

「当たり前」というハードルと、失う恐怖と、人生において「積み重ねる」ことの行く先

「当たり前」というハードルがある。

 

いつもそれを平然と飛び越えているのだけど、ふとしたきっかけでそれが出来なくなってしまうことがある。

 

すると、「当たり前」を失ったことに絶望してしまうかもしれない。

 

そのハードルが高ければ高いほど、絶望の度合いは大きい。

 

 

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▼イタリアのパレルモにて

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、もとは0から生まれた僕ら。

 

失うものなんてないんじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

乙武さんに義足をつけるプロジェクトが今話題である。

 

捉え方は人それぞれ、賛否両論あるかもしれないけど、

 

当の本人からすると、

 

手足がないの「あたり前」だから、ないことは不幸ではないそう。

 

すごく大切なことに気付かされる。

 

 

 

 

 

みな幼い時、目の前にスイッチがあったら押したいものだ

 

蝶が飛んでいたら追いかけて捕まえたいし

 

川があったらとびこみたい

 

音楽が流れたら歌いたい

 

美味しいご飯はつまみ食いしたい

 

そういった、「やってみたい」という気持ちと、実際に「やってみた」の積み重ねが今の僕らなのだ。

 

 

 

 

 

 

失敗したってまた積み重ねればいい。

 

人生は早いもの勝ちではない。

 

自分のペースで、大事なものを積み重ねて、崩れちゃっても、また積み重ねる。

 

そうしていつか、積み重ねるという行為が「当たり前」になるかもしれない。